リニューアボー 自然エネルギー政策研究所 Institute for Renewable Energy Policies

2012年11月の記事

東松島みらいとし機構が設立されました

東松島みらいとし機構が設立されました

宮城県東松島市が目指す環境未来都市を推進し、震災からの迅速な復興を実現するために、行政と民間を仲立ちする一般社団法人「東松島みらいとし機構」(理事長・大滝精一東北大大学院経済学研究科長)の設立総会が10月24日、東松山市のコミュニティセンターで開催されました。

市と市商工会、市社会福祉協議会の3者で構成される本機構は(1)安全で魅力あるまちづくり、(2)地域産業の持続・再生、(3)地域コミュニティーの再興、(4)分散型地域エネルギー自立都市、(5)ソーシャル・ビジネスの人材育成―などの事業を一元的に企画し実行するものです。

設立総会には、機構の理事や企業担当者、震災後に東松島市を支援してきたデンマークの関係者、機構の相談役となった菅直人前総理、特別顧問となったC.W.ニコル氏、伊勢谷友介氏、機構に参加を表明している企業関係者や市民など約300人が出席しました。

機構は、太陽光、バイオマス、風力の地域発電や体験型観光、リハビリ農園などの各事業で雇用を創出し、自然エネルギーで市のエネルギー自給率120%を目指しています。また、アファンの森財団理事長C・Wニコル氏による自然との共生教育プログラムなどで地域全体の心の復興も目指しています。

 

 

菅直人前総理の挨拶【要旨】

今日はHOPE「東松島未来都市機構」が発足するということで私も喜んでやって参りました。一昨年の3.11の地震、津波そして原発事故は、まさに国難そのものでした。この東松島市におかれても、千名以上の方々が津波の被害によって尊い命を落とされ、多くの住宅が流されるという大変な被害を受けられた訳です。そうした中で多くの方々が、被災地の応援に駆けつけて頂きました。

私は、今日のこの会に参加する中で二つの大きな絆を感じています。その一つは、震災の後直ぐに、デンマークから皇太子が来日され、東松島にお見舞いに来られたという出来事です。今日もデンマークからヴィリー?ソウンダール大臣、カーステン?ダムスゴー駐日デンマーク大使をはじめ、まるでデンマーク大使館が東松島に引っ越してこられたかのように、多くの皆さんがこの会に参加されています。震災は非常に悲しく厳しい出来事ではありましたが、その中から生まれたこうした国を超えた絆は、未来を目指す大きな力になっていると感じています。あらためて、デンマークからおいでの皆さんに心から感謝申し上げます。

もう一つは、ここにおられる様々な立場の皆さんとの絆です。私もC.W.ニコルさんとは古いお付き合いになりますが、彼は東松島に森の学校を創ろうと何度も駆けつけています。また、今の若い人々には最も人気のある俳優であり、同時に新しいまちづくり、コミュニティづくりを積極的に進めておられる伊勢谷友介さんにも、この計画に積極的に関わって頂いています。さらに住友林業をはじめ多くの企業の皆さんも、ビジネスということを遥かに超えて、東松島市や未来都市機構がやろうとしている夢を共に実現しようと参加をしておられます。こうして集まっておられる皆さんが、未来に向かって大きな絆を生み出そうしていると感じているところです。

私も震災発声の時、総理という立場で色々な場面に遭遇しました。しかし、そうした出来事からどのように日本の未来を築いて行くのか。政府としても色んな形で提案をして来ていますが、国がやれることと言うのは、予算を付けたり、制度を変えたりすることは出来ますが、コミュニティをつくると言った仕事は地域の中、自治体の中での自発的な動きがあって初めて、国としてもそれをサポートすることができます。

先ほど、阿部市長が環境未来都市という称号を内閣府から頂いたというご報告をされましたが、それは市長をはじめとする皆様の積極的な気持ちがあるからこそ、国としても「ぜひそれを実現して欲しい」ということで、予算が組まれたのだと思っております。

そういった意味で今日のこの未来都市機構のスタートはこの一年半あまりの中で進んで来た色々な絆の広がりが、いよいよ具体的な形をとって実行段階に入って行くことだと思っています。

多少私事になりますが、私も10年程前にドイツの黒い森に行き、ニコルさんのアファンの森に行く中で、木材の持つ可能性を強く感じて来ました。日本は約7割を森林に覆われた世界でも恵まれた国です。しかし、日本の木材は7割以上を輸入に頼っています。せっかく日本で育った材木が十分に使われていません。そうした材木を活かして新たな森を創って行く。そうしたことに私も10年程前から色んな方と話し、取り組んで参りました。まさにそうしたコンセプトで新たな街をつくりあげようと言う東松島未来都市機構の仕事に対して、非常に大きな期待を持つ次第です。

また、エネルギーの問題に関しては、福島原発事故が発生したこともあり、これからのエネルギーをどうして行くのか、日本に限らず、世界のあわゆる国が議論し行動を始めています。今も16万人の皆さんが避難をしておられますが、もう少し事故が拡大していたなら、この東北地方あるいは首都圏も含めた地域から数千万単位の人々が退避をしなければならない事態になりました。そのギリギリのところであったということを私は感じていました。そう考えると、少なくとも世界でも最も地震が多発している日本は、できるなら原発にたよらなくても良い国にしなくてはならない。そしてそれは十分に可能だと考えています。

私も総理退任後、ドイツ、スペイン、デンマーク、アメリカのエネルギー事情も調べて参りました。特に、今年の1月に東松島の皆さんと共にデンマークを訪問した経験は大変印象深いものでした。風力、太陽光など色々な現場を拝見しました。デンマークには世界でもトップ水準のベスタスという風力発電機を作っているメーカーもあります。

電気だけでなく熱、特にバイオマスの熱供給に対する可能性も大きなものです。コペンハーゲンでは、80度くらいの温水が各家庭に送られ戻って来るという循環システムがあり、これによって冬の暖房はほぼ賄われていました。その熱は発電所の廃熱や廃棄物などを燃やしたものです。小さな村でも共同のボイラーを炊いて、熱供給をやっていました。我が国で言えば、燃やして捨ててしまう熱を活用している。そうすることによってCO2の排出量を大きく抑制することができる訳です。東松島未来都市構想がやろうとしていることは、こうした先例に学ぶものであり、我が国の未来に向けての大いなる実験でもあります。

森の学校についても、私の二人の息子は大きくなりましたが、去年、今年と孫が一人ずつできまして、彼らが小学校に行く頃には、コンクリートの塀で囲われた鉄筋コンクリートの校舎ではなくて、皆さんが計画しておられるような、森の中に木造の教室があるそういったところで、育って欲しいと思います。そうした環境を整えることが日本の将来の可能性を生み出すことになると確信しております。

今回理事長に就任された東北大学の大滝精一先生。やはり人材のネットワークということで言えば、大学の持っている役割は大変大きいと思います。学問の分野の皆様、企業の分野の皆様、そして自治体や私のような政治に関わる者、個人個人の皆さんの参加、そしてデンマークの皆さんとの繋がりが活かされた新たなまちづくりが始まりました。

東松島未来都市機構が、今日を一つのステップとして大きな成果をあげられることを期待したいと思います。私も相談役という役目を頂きましたので、必要なことがあればお手伝いをさせて頂きたいと思っております。そして3年後か5年後には、こういう町ができたんだということを皆さんと一緒に喜びたいといます。皆様の更なるご協力をお願いして、私の挨拶とさせて頂きます。どうもありがとうございました。

東松島で挨拶する菅前総理。左はC.W.ニコル氏、俳優の伊勢谷友介氏

中国で1000万kW級風力発電所年内にも

新華社通信26日(毎日中国経済 8月28日)によれば、酒泉市(甘粛省)は、現在世界最大の風力発電所(550万kW:年間生産能力は300万kW)の酒泉風力発電所を増強し、年内に風力発電設備容量1000万キロワットを越える施設にするという。

 

同施設では、生産設備として、年3000台の風力発電機と3000セットの風力用翼板、1000メガワットの太陽電池モジュールの生産能力を備え、風力発電、太陽熱発電など新エネルギー産業の生産拠点にもなる見通しだと言う。

 

中国のエネルギー主管部門である国家発展改革委員会と国際エネルギー機関(IEA)が共同でまとめた「中国風力発電発展ロードマップ2050」は、2050年時点の中国の風力発電の設備容量を10億kWに拡大し、中国内の電力生産に占める風力発電の比率を現在の1%から17%に引き上げるよう提言している。

 

中国では、これ以外に上海郊外など7カ所で1000万kW 級の風力発電所の計画を進めている。中国は2009年に風力発電設備量で世界一になっており、これらの発電所建設で世界における風力発電設備容量で独走態勢に入る。

 

中国以外での1000kW級風力発電所には、London Array プロジェクト(1000万kW:建設中)、英国洋上Round3プロジェクト(2500万kW:建設中)、ドイツ洋上プロジェクト(2000万kW:計画中)の3カ所がある。

東松島ー被災地から自然エネルギー都市への挑戦 第2回

 

東松島、エネルギー自給への挑戦

 

東松島の環境未来都市構想

 

東松島市では、震災後数千人の住民を対象にしたワークショップを行い、復興に向けた計画づくりを進めて来ました。そんな中で、津波によって長期間停電した経験からエネルギーはできるだけ自給しなければならないこと、原発事故の経験から、自給すべきエネルギーは無理なく安全に調達すべきことを学んだと言います。

 

家族や仲間の死、多くのものを失った中で実感したのは「私たちは自然の一部」であり「非常に非力」で、「限られた期間を活かされいる」こと。生きることは限られた寿命の中で、仲間と知見を持ち寄り、価値ある未来を創造して行く努力を継続すること。そして、単なる復旧を目指すのではなく、効率を確保するために置き去りにして来た「不便だけど心地いい」「思いのこもったものに囲まれる幸せ」を大切にした、価値ある地域社会を創造する「環境未来都市」をつくることを決めたのだと言います。

環境未来都市構想について語る東松山市佐藤主任

環境未来都市構想について語る東松山市復興政策部佐藤主任

 

環境未来都市構想の自然エネルギー発電目標

被災前の東松島市における一般家庭の電力需要は日量40kw、全世帯15000戸の年間電力需要は219GW(ギガワット)と仮定されています。環境未来都市構想ではこの120%分、262.8GW/年の発電を2050年までに実現するものです。具体的には、木質バイオマス発電事業(発電規模1万kw、想定年間発電量81.6GW)、木質バイオガス発電事業(発電規模5千kw、想定年間発電量40.8GW)、メガソーラー発電事業(発電規模1万kw、想定年間発電量30GW)、農地ソーラー発電事業(発電規模50kw×500カ所、想定年間発電量25GW)、風力発電事業(発電規模200kw×10カ所、想定年間発電量64.8GW)などを組み合わせて行く構想です。

 

構想の中で最も重視されているのが、バイオマス発電を中心として、農業、林業とタイアップしたエネルギー産業の育成です。東松島市では、農地復旧が絶望視される中、広大な面積の荒廃を食い止めるため、基幹産業である稲作では、藁や籾を回収し、林地からも間伐材などの幹部分は極力木材として利用する一方で、枝や根などは積極的に森から搬出してバイオマス燃料にします。年間需要燃料6万8千トンに対し、9万トンの域内調達が可能と試算されています。

また、「田んぼでソーラー事業」では、田んぼの中に間伐材などで架台を製作し、透過性の高性能太陽光パネルを並べて、稲作と同時に太陽光発電をして農家の収入安定と地域での産業育成を同時に行う構想となっています。

 

農地でも発電「田んぼでソーラー構想」

農地でも発電「田んぼでソーラー構想」

東松島ー被災地から自然エネルギー都市への挑戦

第一回 復興の中からの出発

 

宮城県の東松島市は、仙台から東北東へ30km。太平洋に面し、日本三景松島の一角を占める風光明媚なまちでした。3.11東日本大震災では、市街地の65%が浸水(全国の被災地中最大)し、家屋被害は約11000棟(全世帯の6割)、死者行方不明者合わせて、全住民の3%にあたる1100余人の尊い犠牲がありました。

そんな中、東松島市では「環境未来都市構想」を掲げ、復興と産業再生をかけたエネルギー自給への挑戦をが始めています。実は菅顧問を含む自然エネルギー研究会のメンバーは、昨年東松山市の職員とともに、環境先進国であるデンマークを視察しました。今回はそのご縁もあり、東松山市の取り組みを直接取材させていただくことになりました。

 

150年かかると言われた瓦礫処理に目処
東松島市復興政策部の佐藤伸寿主任に最初に案内して頂いたのは、震災後1年以上立っても傷跡の残る野蒜(のびる)地区の水田地帯でした。津波による破壊と地盤沈下によって海水が浸入したままの状態です。農地の復旧は予定されてるものの、担い手不足などから被災した農家の6割が経営再建を断念している状態と言います。未だに水に浸かった街の様子を見ると、被害の大きさ、復興の難しさがあらためて感じられます。

野蒜地区の水田地帯の一部は、今なお海水に沈んでいる

野蒜地区の水田地帯の一部は、今なお海水に沈んでいる

 

しかし、東松島の特徴として、瓦礫処理が進んでいるということもお話し頂きました。東松島市では被災直後から瓦礫の分別を開始しました。瓦礫の大半を占める木材は粉砕して海岸近くに積み上げていました。この上に将来は植林し、木材片は次第に土に還りながら人口地盤として機能するとのことでした。ヘドロも少量のセメントを混ぜるなどして、土砂として活用できるとのお話でした。ビニール類など可燃性の物は域内で焼却し、残った鉄くずは業者に販売して現在までに1億円程度の収入を得たとのこと。こうした分別も地域の被災者の方々の大切な仕事になっていると言うことでした。お話では、東松島市では瓦礫の域外処理(県外の自治体などに処理を依頼)は行っていないにも関わらず、来年の夏で瓦礫の処理は完了するとのお話でした。150年はかかると言われた瓦礫処理を、わずか1年半で完了させる地域力を感ぜずにはいられません。

 

破砕し、海岸沿いに摘まれた瓦礫木材

破砕し、海岸沿いに摘まれた瓦礫木材

処理されたヘドロを積み込む

処理されたヘドロを積み込む

野蒜地区での高台移転計画
野蒜(のびる)地区には、明治政府によって進められた野蒜築港と呼ばれる港湾計画がありました。これは岩手県内の北上川水系と宮城県・福島県を流れる阿武隈川水系を結ぶ中継点として、また、東北地方全域と新潟県を水運で結ぶネットワークの拠点として構想されたものでした。しかし、実際には土砂の堆積などで工事が難航し、さらには台風で壊滅的な被害を受け、巨額の費用をつぎ込んだ港湾整備は事実上頓挫したそうです。それだけ、波浪などの影響を受けやすい地域であったとも言えるでしょう。今回の津波でも、東松島の中で最も被害が集中したのが野蒜地区でした。東松島市ではこの野蒜地区を中心に、居住禁止となった南部の海岸地区から内陸部への移転計画が進められています。環境未来都市構想は、この移転計画と同時に進められています。

 

東松島、移転計画図面

東松島市の移転計画図面(部分)。上部(北側)の黄色部分が新たな居住地域。最大1500戸程度の移住を想定。南側(下側)中央のピンク部分がほぼ現在の水没地域。

現在の移転予定地周辺

現在の移転予定地周辺

 

なるか風力革命!

 

ベルシオン風車が世界の風力発電を変える!?

理論によってではなく、徹底的に実証を続けて完成された風車がある。その名もベルシオン風車は、一人の職人によって生み出された。株式会社グローバルエナジー会長の鈴木政彦氏だ。

 

鈴木氏は元々、静岡県浜松市でFRP(Fiber Reinforced Plastics;繊維強化プラスチック)などの成型業を営んでいた。自動車やバイクなどのレーシング用カウリングを手の感覚で造る職人だった。彼のもとに、ある時風力発電用のプロペラ理論の権威である某大学教授が訪ねてきた。風力発電実験用のプロペラ製作の依頼だった。仕様は既に決まっていたが、鈴木氏は依頼された以外の形状のプロペラを何百種類となく作っては回し、実験を繰り返した。できたプロペラは、その教授が依頼したものとはほど遠い形状になっていた。

ベルシオン風車

ベルシオン垂直型風車

 

「自動車レースの経験から、風洞実験と自然の条件下ではまったく違うことが分かっていました。理論や風洞実験だけでは決して上手く行かない。最良の形は、何度もやってみてわかるものという経験からでした」鈴木氏は語る。

 

鈴木氏はその後、1年を通して風向の良い栃木に研究所をつくり、何千という実験を繰り返して、風力発電用のプロペラを完成させた。それがベルシオン風車だ。しかし、風車は完成したものの「理論と違う」風車は当初誰からも相手にされなかった。「とんでも科学」と勘違いする人さえいた。

 

実際に、具体的な話になって来たのは、足利工業大学(足利市)と共同研究を進めるうちに、通常の風車より回転効率がよく、風切り音が少ないことなどがデータとして実証され始めてからだ。足利工業大学学長で、日本風力エネルギー協会の元会長でもある、牛山泉氏の協力で足利工業大学総合研究センターに於いて試験が繰り返された。その後、八丈島などでの実証が続き、メディアなどでも取り上げられるようになり、ビジネスの話も舞い込むようになった。

 

この風車の最大の特徴は、風速1メートル程で回転を始め、1.5メートルで発電を始めるという効率の良さだ。しかもかなきり音が全くしない。それは扇風機やヘリコプターのローターが、ブーンと大きな音を出して回るのに見慣れている我々には気持ちが悪い程だ。しかし、考えてみれば音が出ているということは、それだけ効率が悪いという証しでもある。

 

ベルシオンスクリュー

ベルシオンタイプのスクリュー

 

飛行機や飛行艇にも応用可能

この風車は、船のスクリュー、潮流発電、飛行機などにも応用が可能だ。飛行機についても模型を見せて頂いた。飛行艇を模したその機体は、モーターを回した瞬間、滑走を殆どせずに離陸した。極めて性能の良いSTOL(短距離離着陸機)という印象だ。飛行機というよりもまるで凧のように低速でふわりと揚がる。機体の下に抱え込む揚力が余程大きいのだと感じた。上空に上がると、もの凄いスピードで進んだかと思えば、モーターをアイドリングの状態にして、ヘリコプターのホバリングに近い状態でゆっくりと飛ぶことも出来る。これも和凧が飛んでいるイメージに近かった。プロペラで無理に加速して揚力を得ているのではなく、機体全体で風を十分につかんでいる感じだ。飛行機と思ってみればまるでUFOのような異様な動きだが、飛行機と和凧(わだこ)のあいの子と思えば何の不思議もない。

 

ベルシオン飛行艇

ベルシオン風車を応用した飛行艇模型

 

今後の展開に期待

私たちが実際に研究所を訪れて得た感想は、徹底的な実証と積み上げによって、より理想的な風車が出来たのだなという率直な思いだった。むしろ、従来の風力発電に関する研究が、既存の理論に甘んじ、基礎研究を怠って来たと言っても良いのではないかとさえ感じた。それほど、鈴木氏の造った風車やスクリューは、理想的に回転し続けてていた。そして、せっかくここまで完成している技術を眠らせてしまってはいけないという強い思いを抱いた。これらの技術が実際の風力発電や各種の自然エネルギーの分野で使用されれば、エネルギー問題の解決に大きな進展があることは間違いない。問題は、どうやってそれを受け入れる体制をつくるかだと感じた。

 

風車の実際に関しては、グローバルエナジーをご覧下さい。

 

 

 

 

天竜川流域で持続可能な林業に挑戦

明治維新から大正時代にかけて、生涯をかけて静岡県で天竜川の治水、植林に取り組んだ実業家、金原明善(きんぱらめいぜん)。その意志を受け継ぎ、平成22年から静岡県浜松市で持続可能な林業再生に取組む、金原治山治水財団理事長の金原利幸氏を訪ねた。

財団が運営する金原明善の生家

財団理事長の金原利幸氏

 

金原氏と林業の出会い

金原氏自身は元々林業家ではなかった。半導体など電子産業や飲食業など実業の世界に生きて来た人物だ。彼が林業を始めたのは、数年前のことだ。もともと、先代から伝わる林地は、その経営を森林組合に任せていた。ところが出費ばかりで、いつになっても利益にならない。そこで、森林組合を脱退しようと組合に事務所に行ったところ、逆に経営の相談を持ちかけられ、最終的には組合の経営をして欲しいと求められた。

 

そこで始めて、林業経営に向き合うことになった金原氏は、日本の林業経営があまりにも非効率的であることに驚いたという。 「そもそも、林業には普通の企業なら当たり前にある、資金回収や人事管理、効率化といった発想がまるで無い。これでは行き詰まるのは当たり前だと感じました」彼は、それまで林業界の非常識とされて来た方法を敢えて取り入れた。財団が所有する1100haの森林を背景に、川上(育林、乾燥、製材)から川下(製品化、流通)までを一元管理してコストを下げ、林業生産自体も徹底的に計画化、機械化に取組んでいる。機械も中古のものを購入して自ら改良したり、整備も自前で行うなど徹底した効率化を進めている。植樹する苗も、130センチまで育てた2年物を使って、獣害(シカなどの餌になってしまう)を防ぐとともに、間伐を減らす工夫もしている。こうした努力と工夫を積み重ねて、国内シェアの8割近くを占める海外産木材のマーケットに対抗出来る製品をつくりたいと意気込む。

 

丸太運搬用のフォーワーダー

 

自然エネルギーの導入にも取組みたい

金原氏は、自然エネルギーの利用にも関心を持つ。木材生産や、製材や加工の過程で大量に発生する木材バイオマスをボイラーに入れて、木材乾燥の熱源や電源としたり、事務所として借りた元の龍山中学横に流れる沢で小水力発電を行い、その電気を使って植物工場を運営してみたいと夢を語る。

 

小水力発電設備を計画する事務所横の沢

 

脱原発ロードマップ第一次提案を発表

民主党「脱原発を考える会」は、2012年6月27日、「脱原発ロードマップ第一次提言」を発表した。

 

「脱原発を考える会」は、菅直人(衆院議員=顧問)、江田五月(参院議員=顧問)、近藤昭一(衆院議員=代表)、平岡秀夫(衆院議員=事務局長)、岡崎トミ子(参院議員)、辻元清美(衆院議員)、福山哲郎(参院議員)を世話人とし、6月27日現在72名の民主党衆参国会議員が参加、賛同する任意団体。

 

専門家も交えて10回の会合を開き「脱原発ロードマップ第一次提言」をまとめた。「遅くとも2025年までの原発稼働の完全停止と、そのための省エネ2割、再生可能エネルギーの4割導入などを掲げる。一次提言の内容は以下の通り。

 

脱原発ロードマップ第一次提案

農地での太陽光発電の課題

 

5日は広島で農地を視察し、地主さんと一緒に現地の農業委員会を訪問しました。地主さんがご病気などが原因で農業が出来なくなり、跡を継いでくれる人も見つからない状況の中、今後の生活を支えるために農地で太陽光発電を導入出来ないかという発想で相談があったのです。

 

 

当初は、雑種地に転用するのが比較的簡単な農地という話があり、そのような認識で行ったのですが、農業委員会に行ってみると当該地は第一種農地なので原則として転用ができないということでした。「圃場整備」と言う名目で税金を投入し、機械化をしやすいように大型化した農地だったのです。「税金をつぎ込んだ優良農地なのだから、転用なんてもっての外」という訳です。でも、現在ではこうした「優良農地」でさえも、農業を続けて行けない現実があります。まして、この30年程で放棄された「優良でない」農地は数百万haに及ぶと言われています。高齢化で農業人口の急激な縮小が予測される中、こうした農地のミスマッチは、政策の大きな課題と言えそうです。

 

さて、農地の転用ができないなると、敷地いっぱいにソーラーパネルを並べるような太陽光発電は難しい事になります。後は、本会でも紹介した「ソーラーシェアリング」など、農地のままで太陽光パネルを置く工夫が可能かという課題になります。しかし「ソーラーシェアリング」の場合は、敷地いっぱいにソーラーパネルを並べる従来型のタイプよりも効率は悪くなってしまいます。そのため、設置を業者任せにするのではなく、骨組み部分などを農家の方々が自前で設置することによってコストを抑えるような工夫が必要です。ところが、高齢やご病気などの理由で太陽光発電を導入したい場合には、そもそも自前で設置すること自体が難しいのです。

 

そういう意味では、農家さんが単体で発電に取り組むだけでなく、地域で運営会社を作るなど協同して運営できる仕組みをつくる必要もありそうです。また、お役所は「前例主義」ですので、いくら優れた技術でも最初の「お墨付き」が与えられなければ、普及も難しいことになります。このあたりの条件整備も大切な仕事だとあらためて痛感しました。

脱原発ロードマップを考える会が「脱原発シナリオ」を協議

脱原発ロードマップを考える会(民主党の議員連盟)は22日、国会内で会合を開き、近く発表する提言の方向性について協議した。

 

同会ではこの間「脱原発ロードマップ」を作成するために、省電力や再生可能エネルギー、原子力発電所の状況などについて、専門家らを交えて検討を続けて来た。今回の会合では、「2020年脱原発」、「2025年脱原発」、「2030年脱原発」の3つの案が示され、集まった約30名の国会議員で議論された。参加した議員からは「現在停止している原発を再稼働させることがいかに困難か」「3.11以降国民の脱原発に対する思いは強い」「更に積極的に脱原発を打ち出すべき」など脱原発に積極的な意見が相次いだ。

 

このため原子力発電所の再稼働をしなかった場合の試算も含めて議論を行うことになった。今後は、脱原発を行った場合に電力会社の経営や日本経済にどのような影響があるのかも含めて検討し、今月末にも「脱原発ロードマップ」の第一次提言として発表される見込みだ。

「脱原発ロードマップを考える会」発足

12日、民主党の議員連盟である「脱原発ロードマップを考える会」が第一回総会を開催し、設立された。この議連は、脱原発に向けてのロードマップ(廃炉目標、省エネ目標、再生可能エネルギー目標、投資•雇用目標等を含む)を策定し、脱原発を早期に実現することを目的としている。

この議連は、民主党の衆議院議員39名、参議院議員16名の55名が呼びかけ人となり、その他にも衆議院議員12名、参議院議員4名の16名が当日までに入会した。顧問に菅直人前総理、江田五月元参議院議長が就任した。世話人の中から、近藤昭一衆議院議員が会長、平岡秀夫衆議院議員が事務局長、福山哲郎参議院議員が幹事長に就任した。総会議事の後、NPO法人環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏が設立記念講演を行った。

脱原発ドードマップを考える会 第1回総会の様子

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