リニューアボー 自然エネルギー政策研究所 Institute for Renewable Energy Policies

インタビューの記事

訴訟・政党・映画を通じて脱原発を勝ち取る(河合弘之弁護士インタビュー)

聞き手を務める橘代表理事

福島原発事故から約3年が経ちました。今も、避難生活を余儀なくされている人々は14万人近くにのぼります。増え続ける汚染水問題、メルトスルーして格納容器の底に流れ落ちている核燃料(デブリ)の取り出し、被ばく労働者の劣悪な労働条件や労働環境、子どもたちの低線量被ばくによる健康問題などなど、解決の見通しがつかない課題が山積しています。
エネルギー基本計画で、原発を「重要なベースロード電源」と位置付けた安倍政権が前のめりに原発の再稼働を目指す中、脱原発(原発ゼロ)を勝ち取るにはどうしたらいいのか?福島原発告訴団弁護団長や脱原発弁護団全国連絡会共同代表を務め、全国の原発裁判に奔走する河合弁護士に当会代表理事の橘が聞きました。

 

橘:脱原発運動が本当に力を持つには、どうしたらいいと思いますか。

 

脱原発を熱く語る河合弁護士

河合:原発を止めるのに、これさえやれば大丈夫という特効薬のようなものはなく、いろいろな活動の合わせ技なのだろうと思います。ひとつは「訴訟」です。ハードルは非常に高いけれども、もし裁判で勝つことができれば強制措置で止められるから、ある意味実効性が高い。だから僕らはやっています。これまでは、原発の運転差し止め訴訟などではずっと原告側が負け続けてきました。でも、2011年の福島原発事故を受けて、裁判官の考え方も変わっているはずです。次に政治的・経済的なことを考えると、根本的なことを言えば政治勢力の変革です。とはいえ、僕らが政権を獲ることまで考える必要は必ずしもなくて、「政権を脱原発に変えればいい」ということでしょう。そのために、訴訟や裁判に関するマスコミの報道をはじめとした様々な方法を通じて原発の本当のリスクやコストを知ってもらい、日本国民の大多数が脱原発を望む状況にして、それを政府にわからせることが重要です。

 

橘:安倍政権は、民主党政権が2012年に決めた「2030年代までの原発ゼロ」をひっくり返して、今回の「エネルギー基本計画」で原発を「基盤となる重要なベース電源」と位置付けて再稼働を目指しています。わからせるのは難しいのでは?

日本記者クラブでの「原発ゼロ」会見

【脱原発を掲げる政党を】

河合:例えば、2016年の参院選に向けて脱原発運動などに関わっている人たちが、「脱原発」を第一綱領に掲げるシングルイシューの政党を作り、日本中の脱原発を望む人たちがそこに集中して投票するということをやってみせてはどうでしょう?一定の得票が集まれば、自民党であろうと尊重せざるを得ないと思います。小泉さんも高レベル放射性廃棄物の最終処分場問題から「脱原発(原発ゼロ)」を言い出したし、不可能ではないと思います。僕は300社近い中小企業の顧問弁護士をやっていますが、彼らが小泉さんの発言にすごく影響を受けていて、この発言を聞いて「やっぱり原発って危険だし、コストが高いしダメなんだ」って思った人が多いんですよ。

 

橘:「原子力ムラ」と闘っていて何を一番感じますか?

 

河合:その強大さ、強靭さかな。恐れ入っちゃうよね。本当に悪質で、目の前の利益にどん欲。国を危機にさらそうと、「そんなものはない」と言い張り、将来世代に負担を押し付けると言っても「それは先の話だ」と言う。『原発ホワイトアウト』はお読みになりましたか?福島原発事故の直後、放射能汚染による被害や事故の規模がまだどうなるかもわからないのに、すぐさま「なんとか再稼働しないと」という原発官僚の発想。その執拗さと不退転ぶり。だから最終的に止めるには、やっぱり政治を変えないと根本的には変わらないと思います。

 

原発30km圏外への避難にかかる時間

【世界最高水準の新規制基準】
あと恐いのは、世界最高水準の「新規制基準」で安全が確認されたものだけを再稼働するから大丈夫と言う(原子力ムラの)説明です。この議論はちゃんと粉砕しないといけない。一番問題なのは、以前あった「立地審査指針」をなくしちゃったことです。「重大事故が起きた場合のために、人がいっぱい住んでいるようなところに原発を作ってはいけません」と書いてあったのが、福島原発事故で(かなり広範囲に放射能が)飛び散っちゃったでしょ。だからこんなルールでは全部の原発がダメということになるから、気が付かないうちに取っちゃった。それに、この基準では同時多発故障がクリアーできていないんです。

事故後の福島第一原発(写真:朝日新聞)

津波が来たら、電線もパイプも配電盤も全部やられて何百か所も全部アウトになる。それでも大丈夫にしないと福島原発を乗り越えることにならないんだけど、それをやるとあまりにも金と時間がかかるから諦めちゃった。それと猶予期間を設けている問題。その間に地震や津波がきたらどうするの?とにかく早く再稼働させるための基準だから、そんなもの(新規制基準)は決して安全じゃない。しかも、福島原発の重要な教訓は、いざあのような重大事故が起きたらまともに避難できないということ。だから避難計画も原発安全指針の射程に入れなければならない。だけど新基準はそこを全部地方自治体に任せている。電力会社はその原発だけ見ればいいんだと。だから避難計画が必要なんだけれど、まともに実行可能な避難計画を立てているところはない。だから、新規制基準でもまったく安全じゃないんです。これが今の論争の最先端ですよね。

世界中で拡大を続ける自然エネルギー

【原発の大義名分はなくなった】

まあ現実を見れば2013年5月に福井県の高速増殖炉「もんじゅ」も運転が凍結され、六ケ所の再処理施設は完全に失敗するなど核燃料サイクル政策による「自己完結型永久エネルギー構想」はすでに破綻しているんです。一方で「自然エネルギー」こそ開放型永久エネルギーで無尽蔵だということは明白です。太陽光、風力、バイオマスも地熱もありますよね。それなのに一番金がかかって最も危険な原発を使う必要はない、原発の大義名分はなくなった、もう自然エネルギーの時代なんだともっと声を大にして言うべきなんです。

 

ドイツの再生可能エネルギー導入状況(ISEP)

橘:それは私たちに任せてください(笑)。あの寒いドイツでさえ、2012年前半で25%近くを自然エネルギーで賄い、2030年までに50%を目指していますよね。約40万人の雇用も生んでいます。言わば最大の成長産業なのですから。ところで今、原発をテーマに映画を撮られているとか。

 

河合:今回、自公政権が過半数を占めてしまったのは、国政選挙の時に「原発は止めた方がいんじゃないかな」と思っても、多くの人たちが「とりあえずの景気のため」とアベノミクスの自民党に投票しちゃったから。これを変えるには、「原発って本当に危ないから、止めた方がいい」と思ってもらうのに、ビジュアルで伝えるのが一番いいと思い立ったんです。『日本と原発』という映画で、来年の夏頃には完成する予定です。ぜひ、各地で上映していただきたいと思っています。

プロフィール:河合弘之(かわいひろゆき)

1944年生まれ。さくら共同法律事務所所長。東京大学法学部卒。M&A訴訟の草分け的なビジネス弁護士として活躍。故高木仁三郎氏を通じて反原発運動に出会う。現在、浜岡原発差し止め訴訟弁護団団長、大間原発運転差し止め訴訟弁護団共同代表、東電株主代表訴訟弁護団長、福島原発告訴団弁護団長、脱原発弁護団全国連絡会共同代表、脱原発法制定全国ネットワーク代表世話人として、全国の脱原発運動団体と協力して脱原発を実現するために奔走している。2014年早春公開予定の映画『日本と原発』を制作中。


プロフィール:橘民義(たちばなたみよし)
1951年生まれ。早稲田大学理工学部卒。元岡山県議会議員。一般社団法人自然エネルギー研究会 代表理事。著作に『民主党10年史』『菅直人の自然エネルギー論』など。

 

ドイツ緑の党連邦議会議員ジルビアさん「脱原発・オリーブの木構想」

 

菅元首相とジルビアさん

ドイツ緑の党ジルビアさん、橘、菅顧問

今年の12月に日本を訪れたドイツ緑の党連邦議会議員で原子力・環境政策責任者のジルビア・コッティング=ウールさん。ジルビアさんは、2011年の福島原発事故以来、現地に毎年足を運び続け、今回で4度目の来日となりました。今回の訪問では、ドイツの国会議員として、初めて東京電力福島第一原発のサイトを視察しました。また、脱原発に関わる多くの人々や日本の緑の党などと交流を持ち、最終日に当会代表理事の橘と顧問の菅直人とも意見交換の場を持ちました。

 

ジルビアさんとドイツ連邦共和国公使

ジルビア:日本における一連の選挙において、多くの国民が脱原発を望んでいるにも関わらず、原発推進を掲げる自民党が選挙に勝利したことを大変残念に思っています。今回、いろいろな方々とお目にかかりました。原子力市民委員会座長の船橋教授や国会事故調査委員会の黒川委員長。脱原発運動に関わってきた環境NGOの皆さん、超党派の国会議員による「原発ゼロの会」や緑の党のメンバーなどと意見交換をしました。その中で、政府の原発推進に反発する世論は、かなり強いのではという印象を持ちました。

質問に答える橘と菅顧問

小泉元総理も最近は脱原発発言をされていると聞いています。また、環境NGOなど市民による建設的な議論がなされ、エネルギー政策の変革を目指すような動きも見られます。これらの動きはどの程度ネットワークされていますか?

 

菅:関係者が各団体の主催する会議にお互いに参加するなど、共通の場で議論するということはやっていますが、組織的に束ねるという機関はいまのところありません。

 

ドイツにはリニューアブル村が出現?

【リニューアル村の出現!?】
ジルビア:日本の脱原発を目指す緑の政治が置かれている状況は、かなり難しいということを私も承知しているつもりです。しかし、変化を起こすにはどの国においても勢力を結集すること。同じ想いの人たちをネットワーク化することが非常に重要です。ドイツにおいても「原子力ムラ」はあります。この非常に権力の強い存在に対して対抗していくには、こちら側でも力の結束、ネットワーク化というものを進めなければならない。ドイツでも大変長い時間かかりましたが、環境NGOやメディア関連、政治関連、企業関連の人たちの力を結束させることによって、再生可能エネルギー産業を急成長させることができました。いわば「リニューアル村」の出現です。原子力ムラのように財力はありませんが、関係者が力を束ねることで社会に対する相当な影響力を持つことができるということを、ドイツは経験しています。

 

小選挙区制度に問題がある

菅:脱原発の政治勢力を結集できない原因に、わが国の選挙制度の問題があります。特に衆議院選挙では6割ぐらいが小選挙区で比例的な選び方の要素が少ないので、原発に反対する政党がまとまれず、結果として票が割れて議席につながりませんでした。かつて、イタリアではプロディ元欧州委員長などがやった「オリーブの木」という、野党が小選挙区では候補者をひとりに絞って政権交代を実現したという成功例がありますが、まだわが国では原発に関してそういう動きは出ていません。

 

再生可能エネルギーへの移行を

【脱原発勢力を結集して新しい枠組みを!】ジルビア:「オリーブの木」というのは、とてもいいキーワードのように私にも思えます。そのような形で力を結束させる。あるいは「統一名簿」を作る。選挙協力をするなどのアプローチが取れれば、国会における脱原発勢力の結集にも有意義ではないかと思います。安全性を考えた際に国民にとって脱原発というのは大変重要なテーマですから。またドイツの経験から「再生可能エネルギーへの移行」は経済のためも非常に大きなチャンスを持っていますので、その辺りの力の結束ができればいいと思います。

固定価格買い取り制度について議論

菅:わが国でも、福島原発事故の後に「固定価格買い取り制度(FIT)」を導入して、再生エネルギー産業は急速に発展しています。私が顧問を務める自然エネルギー研究会でも脱原発や自然エネルギーに関わる人たちのネットワークを作ろうとしています。我々がいまやらなくてはならないことは、多くの原発に反対する人々の声を国政の場できちんと反映できるような新しい枠組みを作ることです。それについて、ドイツ緑の党の経験を学ばせてもらいたいと思っています。また意見交換する機会を持ちましょう。ありがとうございました。

 

ドイツ連邦議会にて

プロフィール:ジルビア・コッティング=ウールさん。1952年生れ。2005年からドイツ緑の党連邦議会議員。気候変動や核・原子力問題など環境政策全般に関する緑の党のスポークスパーソン 。2003年に緑の党バーデン・ヴュルテンベルク州代表に就任。教育、移民や失業問題などに取組む。※みどりの1kWh(ドイツからの風に乗って)「緑の党連邦議会議員 日本滞在記の日本語訳全文 その2

 

 

東松島みらいとし機構が設立されました

東松島みらいとし機構が設立されました

宮城県東松島市が目指す環境未来都市を推進し、震災からの迅速な復興を実現するために、行政と民間を仲立ちする一般社団法人「東松島みらいとし機構」(理事長・大滝精一東北大大学院経済学研究科長)の設立総会が10月24日、東松山市のコミュニティセンターで開催されました。

市と市商工会、市社会福祉協議会の3者で構成される本機構は(1)安全で魅力あるまちづくり、(2)地域産業の持続・再生、(3)地域コミュニティーの再興、(4)分散型地域エネルギー自立都市、(5)ソーシャル・ビジネスの人材育成―などの事業を一元的に企画し実行するものです。

設立総会には、機構の理事や企業担当者、震災後に東松島市を支援してきたデンマークの関係者、機構の相談役となった菅直人前総理、特別顧問となったC.W.ニコル氏、伊勢谷友介氏、機構に参加を表明している企業関係者や市民など約300人が出席しました。

機構は、太陽光、バイオマス、風力の地域発電や体験型観光、リハビリ農園などの各事業で雇用を創出し、自然エネルギーで市のエネルギー自給率120%を目指しています。また、アファンの森財団理事長C・Wニコル氏による自然との共生教育プログラムなどで地域全体の心の復興も目指しています。

 

 

菅直人前総理の挨拶【要旨】

今日はHOPE「東松島未来都市機構」が発足するということで私も喜んでやって参りました。一昨年の3.11の地震、津波そして原発事故は、まさに国難そのものでした。この東松島市におかれても、千名以上の方々が津波の被害によって尊い命を落とされ、多くの住宅が流されるという大変な被害を受けられた訳です。そうした中で多くの方々が、被災地の応援に駆けつけて頂きました。

私は、今日のこの会に参加する中で二つの大きな絆を感じています。その一つは、震災の後直ぐに、デンマークから皇太子が来日され、東松島にお見舞いに来られたという出来事です。今日もデンマークからヴィリー?ソウンダール大臣、カーステン?ダムスゴー駐日デンマーク大使をはじめ、まるでデンマーク大使館が東松島に引っ越してこられたかのように、多くの皆さんがこの会に参加されています。震災は非常に悲しく厳しい出来事ではありましたが、その中から生まれたこうした国を超えた絆は、未来を目指す大きな力になっていると感じています。あらためて、デンマークからおいでの皆さんに心から感謝申し上げます。

もう一つは、ここにおられる様々な立場の皆さんとの絆です。私もC.W.ニコルさんとは古いお付き合いになりますが、彼は東松島に森の学校を創ろうと何度も駆けつけています。また、今の若い人々には最も人気のある俳優であり、同時に新しいまちづくり、コミュニティづくりを積極的に進めておられる伊勢谷友介さんにも、この計画に積極的に関わって頂いています。さらに住友林業をはじめ多くの企業の皆さんも、ビジネスということを遥かに超えて、東松島市や未来都市機構がやろうとしている夢を共に実現しようと参加をしておられます。こうして集まっておられる皆さんが、未来に向かって大きな絆を生み出そうしていると感じているところです。

私も震災発声の時、総理という立場で色々な場面に遭遇しました。しかし、そうした出来事からどのように日本の未来を築いて行くのか。政府としても色んな形で提案をして来ていますが、国がやれることと言うのは、予算を付けたり、制度を変えたりすることは出来ますが、コミュニティをつくると言った仕事は地域の中、自治体の中での自発的な動きがあって初めて、国としてもそれをサポートすることができます。

先ほど、阿部市長が環境未来都市という称号を内閣府から頂いたというご報告をされましたが、それは市長をはじめとする皆様の積極的な気持ちがあるからこそ、国としても「ぜひそれを実現して欲しい」ということで、予算が組まれたのだと思っております。

そういった意味で今日のこの未来都市機構のスタートはこの一年半あまりの中で進んで来た色々な絆の広がりが、いよいよ具体的な形をとって実行段階に入って行くことだと思っています。

多少私事になりますが、私も10年程前にドイツの黒い森に行き、ニコルさんのアファンの森に行く中で、木材の持つ可能性を強く感じて来ました。日本は約7割を森林に覆われた世界でも恵まれた国です。しかし、日本の木材は7割以上を輸入に頼っています。せっかく日本で育った材木が十分に使われていません。そうした材木を活かして新たな森を創って行く。そうしたことに私も10年程前から色んな方と話し、取り組んで参りました。まさにそうしたコンセプトで新たな街をつくりあげようと言う東松島未来都市機構の仕事に対して、非常に大きな期待を持つ次第です。

また、エネルギーの問題に関しては、福島原発事故が発生したこともあり、これからのエネルギーをどうして行くのか、日本に限らず、世界のあわゆる国が議論し行動を始めています。今も16万人の皆さんが避難をしておられますが、もう少し事故が拡大していたなら、この東北地方あるいは首都圏も含めた地域から数千万単位の人々が退避をしなければならない事態になりました。そのギリギリのところであったということを私は感じていました。そう考えると、少なくとも世界でも最も地震が多発している日本は、できるなら原発にたよらなくても良い国にしなくてはならない。そしてそれは十分に可能だと考えています。

私も総理退任後、ドイツ、スペイン、デンマーク、アメリカのエネルギー事情も調べて参りました。特に、今年の1月に東松島の皆さんと共にデンマークを訪問した経験は大変印象深いものでした。風力、太陽光など色々な現場を拝見しました。デンマークには世界でもトップ水準のベスタスという風力発電機を作っているメーカーもあります。

電気だけでなく熱、特にバイオマスの熱供給に対する可能性も大きなものです。コペンハーゲンでは、80度くらいの温水が各家庭に送られ戻って来るという循環システムがあり、これによって冬の暖房はほぼ賄われていました。その熱は発電所の廃熱や廃棄物などを燃やしたものです。小さな村でも共同のボイラーを炊いて、熱供給をやっていました。我が国で言えば、燃やして捨ててしまう熱を活用している。そうすることによってCO2の排出量を大きく抑制することができる訳です。東松島未来都市構想がやろうとしていることは、こうした先例に学ぶものであり、我が国の未来に向けての大いなる実験でもあります。

森の学校についても、私の二人の息子は大きくなりましたが、去年、今年と孫が一人ずつできまして、彼らが小学校に行く頃には、コンクリートの塀で囲われた鉄筋コンクリートの校舎ではなくて、皆さんが計画しておられるような、森の中に木造の教室があるそういったところで、育って欲しいと思います。そうした環境を整えることが日本の将来の可能性を生み出すことになると確信しております。

今回理事長に就任された東北大学の大滝精一先生。やはり人材のネットワークということで言えば、大学の持っている役割は大変大きいと思います。学問の分野の皆様、企業の分野の皆様、そして自治体や私のような政治に関わる者、個人個人の皆さんの参加、そしてデンマークの皆さんとの繋がりが活かされた新たなまちづくりが始まりました。

東松島未来都市機構が、今日を一つのステップとして大きな成果をあげられることを期待したいと思います。私も相談役という役目を頂きましたので、必要なことがあればお手伝いをさせて頂きたいと思っております。そして3年後か5年後には、こういう町ができたんだということを皆さんと一緒に喜びたいといます。皆様の更なるご協力をお願いして、私の挨拶とさせて頂きます。どうもありがとうございました。

東松島で挨拶する菅前総理。左はC.W.ニコル氏、俳優の伊勢谷友介氏

東松島ー被災地から自然エネルギー都市への挑戦 第2回

 

東松島、エネルギー自給への挑戦

 

東松島の環境未来都市構想

 

東松島市では、震災後数千人の住民を対象にしたワークショップを行い、復興に向けた計画づくりを進めて来ました。そんな中で、津波によって長期間停電した経験からエネルギーはできるだけ自給しなければならないこと、原発事故の経験から、自給すべきエネルギーは無理なく安全に調達すべきことを学んだと言います。

 

家族や仲間の死、多くのものを失った中で実感したのは「私たちは自然の一部」であり「非常に非力」で、「限られた期間を活かされいる」こと。生きることは限られた寿命の中で、仲間と知見を持ち寄り、価値ある未来を創造して行く努力を継続すること。そして、単なる復旧を目指すのではなく、効率を確保するために置き去りにして来た「不便だけど心地いい」「思いのこもったものに囲まれる幸せ」を大切にした、価値ある地域社会を創造する「環境未来都市」をつくることを決めたのだと言います。

環境未来都市構想について語る東松山市佐藤主任

環境未来都市構想について語る東松山市復興政策部佐藤主任

 

環境未来都市構想の自然エネルギー発電目標

被災前の東松島市における一般家庭の電力需要は日量40kw、全世帯15000戸の年間電力需要は219GW(ギガワット)と仮定されています。環境未来都市構想ではこの120%分、262.8GW/年の発電を2050年までに実現するものです。具体的には、木質バイオマス発電事業(発電規模1万kw、想定年間発電量81.6GW)、木質バイオガス発電事業(発電規模5千kw、想定年間発電量40.8GW)、メガソーラー発電事業(発電規模1万kw、想定年間発電量30GW)、農地ソーラー発電事業(発電規模50kw×500カ所、想定年間発電量25GW)、風力発電事業(発電規模200kw×10カ所、想定年間発電量64.8GW)などを組み合わせて行く構想です。

 

構想の中で最も重視されているのが、バイオマス発電を中心として、農業、林業とタイアップしたエネルギー産業の育成です。東松島市では、農地復旧が絶望視される中、広大な面積の荒廃を食い止めるため、基幹産業である稲作では、藁や籾を回収し、林地からも間伐材などの幹部分は極力木材として利用する一方で、枝や根などは積極的に森から搬出してバイオマス燃料にします。年間需要燃料6万8千トンに対し、9万トンの域内調達が可能と試算されています。

また、「田んぼでソーラー事業」では、田んぼの中に間伐材などで架台を製作し、透過性の高性能太陽光パネルを並べて、稲作と同時に太陽光発電をして農家の収入安定と地域での産業育成を同時に行う構想となっています。

 

農地でも発電「田んぼでソーラー構想」

農地でも発電「田んぼでソーラー構想」

東松島ー被災地から自然エネルギー都市への挑戦

第一回 復興の中からの出発

 

宮城県の東松島市は、仙台から東北東へ30km。太平洋に面し、日本三景松島の一角を占める風光明媚なまちでした。3.11東日本大震災では、市街地の65%が浸水(全国の被災地中最大)し、家屋被害は約11000棟(全世帯の6割)、死者行方不明者合わせて、全住民の3%にあたる1100余人の尊い犠牲がありました。

そんな中、東松島市では「環境未来都市構想」を掲げ、復興と産業再生をかけたエネルギー自給への挑戦をが始めています。実は菅顧問を含む自然エネルギー研究会のメンバーは、昨年東松山市の職員とともに、環境先進国であるデンマークを視察しました。今回はそのご縁もあり、東松山市の取り組みを直接取材させていただくことになりました。

 

150年かかると言われた瓦礫処理に目処
東松島市復興政策部の佐藤伸寿主任に最初に案内して頂いたのは、震災後1年以上立っても傷跡の残る野蒜(のびる)地区の水田地帯でした。津波による破壊と地盤沈下によって海水が浸入したままの状態です。農地の復旧は予定されてるものの、担い手不足などから被災した農家の6割が経営再建を断念している状態と言います。未だに水に浸かった街の様子を見ると、被害の大きさ、復興の難しさがあらためて感じられます。

野蒜地区の水田地帯の一部は、今なお海水に沈んでいる

野蒜地区の水田地帯の一部は、今なお海水に沈んでいる

 

しかし、東松島の特徴として、瓦礫処理が進んでいるということもお話し頂きました。東松島市では被災直後から瓦礫の分別を開始しました。瓦礫の大半を占める木材は粉砕して海岸近くに積み上げていました。この上に将来は植林し、木材片は次第に土に還りながら人口地盤として機能するとのことでした。ヘドロも少量のセメントを混ぜるなどして、土砂として活用できるとのお話でした。ビニール類など可燃性の物は域内で焼却し、残った鉄くずは業者に販売して現在までに1億円程度の収入を得たとのこと。こうした分別も地域の被災者の方々の大切な仕事になっていると言うことでした。お話では、東松島市では瓦礫の域外処理(県外の自治体などに処理を依頼)は行っていないにも関わらず、来年の夏で瓦礫の処理は完了するとのお話でした。150年はかかると言われた瓦礫処理を、わずか1年半で完了させる地域力を感ぜずにはいられません。

 

破砕し、海岸沿いに摘まれた瓦礫木材

破砕し、海岸沿いに摘まれた瓦礫木材

処理されたヘドロを積み込む

処理されたヘドロを積み込む

野蒜地区での高台移転計画
野蒜(のびる)地区には、明治政府によって進められた野蒜築港と呼ばれる港湾計画がありました。これは岩手県内の北上川水系と宮城県・福島県を流れる阿武隈川水系を結ぶ中継点として、また、東北地方全域と新潟県を水運で結ぶネットワークの拠点として構想されたものでした。しかし、実際には土砂の堆積などで工事が難航し、さらには台風で壊滅的な被害を受け、巨額の費用をつぎ込んだ港湾整備は事実上頓挫したそうです。それだけ、波浪などの影響を受けやすい地域であったとも言えるでしょう。今回の津波でも、東松島の中で最も被害が集中したのが野蒜地区でした。東松島市ではこの野蒜地区を中心に、居住禁止となった南部の海岸地区から内陸部への移転計画が進められています。環境未来都市構想は、この移転計画と同時に進められています。

 

東松島、移転計画図面

東松島市の移転計画図面(部分)。上部(北側)の黄色部分が新たな居住地域。最大1500戸程度の移住を想定。南側(下側)中央のピンク部分がほぼ現在の水没地域。

現在の移転予定地周辺

現在の移転予定地周辺

 

「マグ水素」で実現するエネルギーの地産地消


水素には様々な可能性がある。水素をエネルギー源とする燃料電池の普及が加速していることだけでなく、水素はあらゆる化学燃焼の中で単位質量あたりの発熱量が最大(33キロワットアワー/キログラム)で、天然ガスの2.4倍、ガソリンの2.7倍もある。また石油や石炭、ガス、木炭など炭化水素系の燃料はすべてが水素化合物であるため、水素を起点にしてエネルギー社会全体を見直せる可能性もある。特に、日本では古くから水素の研究開発が続いており、今もいくつかの分野で世界トップレベルを維持している。今回は、その中でも水素吸蔵合金の分野で先駆的な取り組みを続けるバイオコーク技研株式会社の上杉浩之代表取締役を取材した。

 

 

E.U.ワイゼッカー博士との出会い

上杉氏が環境問題に取り組むきっかけとなったのは、今から18年前、52歳の時にE.U.ワイゼッカー博士の「地球環境政策」という本を読んだことだった。本の中では、アメリカニューヨーク州のビッグムース湖が、流域から流れ込んだ硫黄によって死の湖に変容した過程が書かれていた。湖には、工場から排出された石炭燃焼ガスの硫黄が毎年350万トン流れ込んでいた。それでも50年間は酸性にならず生態系を保ってきたが50年経って急激に酸性化し、死の湖に変わったと言う。「同じことが、地球全体のCO2についても起きるのではないかと考えました。私の勤めていた鉄鋼産業の川崎製鉄㈱(現、JFEスチール㈱)は、大量にCO2を排出する業種です。そう考えたら居ても立ってもいられなくなりました」と上杉氏は語る。

 

「マグ水素」開発への道のり

上杉氏は川崎製鉄在籍中から環境関連の研究や提案を始めた。2002年、定年退職と同時に環境省に「グリーン水素社会の構築」を提案して研究開発の委託が決定した。その委託機関として早稲田大学の環境総合研究センターが決まり、当研究センターの客員研究員となって代替エネルギーの研究を続けた。そして、2006年3月の64歳で各界の協力を得て、現在の会社を起業した。会社を設立した後も環境省や経産省、北海道大学、九州大学、東北大学、早稲田大学、日本医科大学などとの共同研究が続いた。そんな中で確立されて来たのが、社名ともなっているバイオコーク(植物バイオマスから作るコーク=炭素担持炭化物)やバイオチャー(バイオマス炭化物)の製造技術であり、そこから水素を取り出し、マグネシウムに吸蔵させる「マグ水素(日本国特許、国際特許出願済で米、韓国で査定、その他各国で審査中)」、そこから効率的に水素を取り出す「加水分解」の技術などだった。「マグ水素」のテクノロジーは、こうした様々な技術が組み合わさってできている。

 

mgH2 マグ水素

小杉氏が開発したマグ水素の小片。右が水素吸蔵前、左が水吸蔵後。

 

安全に貯め、使える「マグ水素」の技術

水素を容積率で効率良く貯蔵する技術には3つの方法がある。圧縮、液化、吸蔵だ。現在、燃料電池車の実用化に向けて自動車メーカーなどで開発が進んでいるのは圧縮で、700気圧(70MPa)の超高圧にした水素をタンクに詰める方法だ。上杉氏は、水素をマグネシウムに吸蔵させる技術の利点をこう語る「圧縮による輸送はタンクが非常に高圧になるため、常に暴発の危険性と隣り合わせです。液化水素にするには冷やし続けるのが大変です。マグネシウムに吸蔵させる方法は、最も安全でリサイクル技術が確立すればコストも安い」。確かに、700気圧という超高圧縮は、いくら丈夫なタンクを作っても交通事故やパイプの継ぎ目などが劣化して、高圧の水素漏れが起こる可能性がある。液化に関しては、水素をマイナス253度まで冷やさなければならず、冷却に膨大なエネルギーが必要な上、液化水素の温度が上昇した時は沸騰して大気に放出され、事故に繋がる恐れもある。最も安全性が高いのは吸蔵で、吸蔵合金からの水素放出は低圧で比較的穏やかなため、水素漏れ等による事故の発生も抑性される。従来は吸蔵させる金属の重さがネックだったが、上杉氏らが開発した技術がそれをクリアした。

 

マグネシウムには、重量で7.6%の水素を吸蔵させることができる。上杉氏が開発した「マグ水素」の小片26gの中には、2g、約20リッターの水素が入っている。また、この水素を利用する際には、水を加えて加水分解を行い、水の中の水素も併せて使うため約40リッターの水素を使うことができる。これは燃料電池に換算して約80ワットアワー(10Wの電球を8時間つけられる)に相当する。

 

 

例えば、燃料電池自動車を100km走らせるのに必要な1㎏の水素を発生させるには、マグ水素6.5kgと水を搭載することになる。500キロ走るには32.5kgのマグ水素と水を積めば良い。課題は、反応させる水の量が今のところ、重量率でマグ水素1に対して水6程度が必要で、自動車に積むにはこの量を3以下にする必要があること(理論的には1.38である。)と、マグ水素を連続的に投入する技術だが、これらの開発には少なくともあと数年の開発期間が必要だと言う。最大の課題はやはり生産コストだろう。上杉氏によれば、年間数万トン生産ユニットを生産するレベルになれば、環境コストを考慮して経済性は評価されるだろうということだった。

 

「マグ水素」で可能になるエネルギーの地産地消

上杉氏が考えている構想は、①木質系、草本質系、海藻などの有機質を熱分解して「チャー」(炭化燃料)と「パイロガス」(※)にし、②そこからさらに水素を分離して、その水素をマグネシウムに吸蔵させ「マグ水素」MgH2にする。③この「マグ水素」は危険物ではないため、安全に利用する場所へ輸送し水素源として使用する。④水素を使い終わって残った水酸化マグネシウムMg(OH)2は、直流水素プラズマ炉で再びマグ水素に還元(この技術は今後、実証して行く計画である)して再利用できる他、そのまま工業用原料や食品添加物、医薬品、肥料、半導体機器の封止剤などに使ったり、CO2の固定に使うこともできる。

 

ここで考えられているのは、水素(エネルギー源)とマグネシウム(媒体)を軸にして、エネルギー循環を行うシステムだ。こうすることで、植物バイオ(山の幸)とマグネシウム(海の幸)と自然エネルギーだけでエネルギーの地産地消を行うことができる。上杉氏は、この他にも「バイオリキッド」という木材からA重油並の炭化水素燃料をつくる技術開発(特許出願済み。)も行った。「木質バイオマスを全量燃料にするパイロコーキング」技術で平成21年度の環境大臣賞も受賞している。現在は山に捨てられている間伐材などバイオマスが、石炭に代わる「バイオコーク」、石油に代わる「バイオリキッド」、そして「マグ水素」と言った立派なエネルギー資源として活用できるようになる。つまり植物資源の多い日本の山間部が良質なエネルギーの生産拠点に変わる可能性がある。非常に夢のあるこうした技術の実用化に期待したい。

 

 

 

※パイロガス:

バイオマスを低温(500~600℃)で乾留(酸素を絶って)すると、チャー(炭)とパイロガス(乾留ガス)が得られる。このパイロガスには有害で取り扱いが困難なタールが含まれている。この有害なタールを次のプロセスであるコーカー炉で分解して、バイオコークとタールフリーガスに変換する。

畑でつくる太陽光電力「ソーラーシェアリング」

太陽光発電の切り札となるか
自然エネルギーのなかで今、最も注目されているのが太陽光発電。少し前までは発電コストで風力に敵わなかったが、中国など新興国メーカーの参入で急激に価格も安くなり採算性が合うようになって来た。今年7月の「固定価格買取制度」開始で、急激に市場が拡大する可能性があるのも太陽光だ。太陽光発電は他の自然エネルギーに比べ、システムが小さくて済むため誰にでも始められる利点もあるからだ。

 

太陽光発電で最大の課題は設置場所の確保だ。現在の主流は家庭や工場、店舗などの屋根と、広大な敷地に大量の太陽光パネルを並べるメガソーラーだが、この二つだけでは日本の電力の10%が目標というレベルだ。休耕田や耕作放棄地を利用する案もあるが、これらはもともとアクセスの悪い土地が多く根本的な解決策とは言えない。

 

CHO研究所所長の長島彬氏が実証実験を続ける「ソーラーシェアリング」はこうした課題を一掃する可能性を持つ。当研究会では、千葉県市原市で行われている実証実験を取材した。

 

実証実験場に設置されている4.5キロワットの1号機。昨年の大型台風にも耐えた。

 

ソーラーシェアリングの仕組み

「ソーラーシェアリング」とは、太陽の光を農地の作物と太陽光発電とでシェアする仕組みで、2003年に長島さんが特許を出願。現在では多くの人に使ってもらいたいと無償で公開されている長島氏によれば、植物は一定量の光があれば育ち、それを超える量(光飽和点)の太陽光は植物にとってストレスとなり、成長を阻害する因子となる。多くの植物は「ブナの林の中のような明るい木漏れ日の状態」(長島氏)が望ましいのだそうだ。そこで、生育に必要な分を除いた、余剰の太陽光を発電に使うのがこの仕組みだ。具体的には、農地の上に、足場用の単管パイプを使用してフジ棚のような構造物を設け、四分の一程度の面積になるように、スリット状に太陽光パネルを設置する。実験の結果、収穫に影響はなく、作物によっては収量が増えたと言う。夏の間の水やりも減らすことができるメリットもあるそうだ。設置やメンテナンスも高所で勾配のある屋根よりずっと簡単だ。

 

ソーラーシェアリングの可能性
しかし「ソーラーシェアリング」の最も重要な点は、これが農家の新たな収入源にもなることだ。長島氏によれば、農家が農地1反(約1000平米)あたりで得られる収入は年間6~10万円程度だが、「ソーラーシェアリング」では同じ面積で100万円にもなる。つまり農家は電力料金という安定した収入を得ながら、新しい品種に取り組んだり、経営を多角化することができる。それが可能であれば、農家の後継者不足や自給率低下の解消も夢ではなくなって来る。
農地に太陽光パネルを設置すると農地として認められなくなり税金の優遇策がなくなるのではないかとの不安もあるが、長島氏が国に確認したところ、地面が耕作可能な状態であれば農地と認められ、農地転用の必要もないとのことだ。

太陽光パネルの間隔を変えて、作物の生育状況を観察している。

長島氏の計算によれば、日本で使用される電力量をすべて太陽光発電で賄うには、現在の発電効率で凡そ100万ヘクタール(100キロ四方)の農地が必要で、これをソーラーシェアリング(仮にソーラー1:農地2の割合として)で行うその3倍の面積300万ヘクタールということになる。現在、日本全体の農地は約460万ヘクタール(最盛期は約600万ヘクタールだった)なので、現状の技術でも農地だけで全ての電力を賄える計算だ。

 

この仕組みの良いところは、新たな技術的な課題がないことで、7月の固定価格買取制が実施されれば、農家が1反あたり250万円程度の設置費用を負担または借入できれば直ぐに始められることだ。

 

課題としては、対象が農地であるため、送電線がない場所では新たに設置をする必要があること。国内メーカーの家庭用太陽光パネルは、住宅の屋根での設置を前提としているため農地では保証が受けられないこと(このため、長島氏の実証2号機は中国製のパネルを使用)、また設置のための補助金は屋根に設置することを想定しているため農地は対象にならないことがある。しかし、農業への膨大な補助金を考えれば、農家の自立にもつながるこの仕組みを政策的に進める利点もあるのではないだろうか。自然エネルギーへの転換イメージが具体的に描けることも、この仕組みの魅力と言えるだろう。
(2012年3月13日)

行政職員にソーラーシャエアリングを解説する長島氏(中央)。

菅直人顧問に聞く 自然エネルギー研究会にかける思い

当会発足にあたり、顧問となった菅直人前首相に研究会の方向性と抱負について語って頂きました。

 

<原発事故が活動の方向性を決定づけた>

 

 

私はかなり古くから自然エネルギーには関心がありました。

 

例えば1980年頃、一年生議員の時にアメリカの風力発電のテスト・センターを視察したり、この10年くらいはバイオマスの施設を視察したりしていました。今回自然エネルギー研究会の顧問として積極的に参加しようと思ったのは、そうした古くからの関心もありますが、何と言っても、昨年3月11日の原発事故を経験したことで今後の私の活動の方向性が決まったからです。

 

菅直人

菅直人顧問

原子力発電所については、総理としても政治家個人としても3.11までは安全性を確認して活用して行くと言う立場でした。しかし、原発事故を体験して、技術的にどこまでやっても安全とは言えない。つまり原発が無くても良い社会をつくることが、最も安全なことだと考えるようになりました。原発に依存しなくても良い社会をつくるには、再生可能な自然エネルギーで必要なエネルギーをまかなって行くことが条件になります。それを進めるのが3.11の事故を経験した私の役目だと考えました。

 

総理退任後、多くの皆さんの協力を得ながら様々な活動を続けた結果、今回自然エネルギー研究会が立ち上がることになり、私も中心メンバーの一人として顧問という形で参加をすることになりました。

 

<自然エネルギー研究会に望むこと、やってみたいこと>

 

実は総理在任中から、再生可能エネルギーの推進はスタートしていました。特に大きかったのは、いわゆる再生エネルギー促進法案、固定価格買取制度(FIT:Feed-in Tariff)の法案を昨年8月、総理としての最後の仕事として通過させたことです。これによって、政策的にも再生可能エネルギーを従来の原子力エネルギーや、場合によっては化石燃料に代わって、主要なエネルギー源とする方向性がスタートしました。そうした中で自然エネルギー研究会としては、次の3つの分野の活用が必要ではないかと思っています。一つはFITを軸にして再生可能エネルギーを増やしたり、エネルギーの基本計画などについても従来の原子力に偏重したものを見直すといった政策的な分野での推進。二つ目は、自治体や企業やNPOなど色々な人達がこの問題に積極的に関わっている中で、それを応援したり一緒になって進める実践についても、小さい組織ながらも力を尽くしたい。三つ目は国の内外に対する発信です。

 

福島原発事故があったにも関わらず、世界ではまだ沢山の原発を新設する動きが続いています。今回の事故の直接の原因は地震と津波でしたが、テロとか内戦、戦争といった理由で、原発が破壊されることもあり得る訳です。また、高レベル放射性廃棄物の問題は国境を越え、世代も超えた問題です。こうした観点から、世界の流れを脱原発依存の方向に持って行く必要があると考えます。こうしたことをこの研究会を一つのベースキャンプとして進めて行きたいと思っています。自然エネルギーの分野は太陽光発電や風力発電、バイオマス、発送電分離や電池、さらには、普及して行く上で超えて行かなければいけない技術的、社会的な課題があり非常に広範囲です。研究会では一つのテーマを深く掘り下げると言うよりも、自然エネルギー全体を網羅的に扱うことになると思います。ただ、そうした中でもポイントとなるような技術や仕組みについては、顧問としても積極的に提案して行きたいと思います。

 

※具体的な提案については、「菅直人の自然エネルギー提案」をご覧下さい。

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