リニューアボー 自然エネルギー政策研究所 Institute for Renewable Energy Policies

燃料電池の記事

「マグ水素」で実現するエネルギーの地産地消


水素には様々な可能性がある。水素をエネルギー源とする燃料電池の普及が加速していることだけでなく、水素はあらゆる化学燃焼の中で単位質量あたりの発熱量が最大(33キロワットアワー/キログラム)で、天然ガスの2.4倍、ガソリンの2.7倍もある。また石油や石炭、ガス、木炭など炭化水素系の燃料はすべてが水素化合物であるため、水素を起点にしてエネルギー社会全体を見直せる可能性もある。特に、日本では古くから水素の研究開発が続いており、今もいくつかの分野で世界トップレベルを維持している。今回は、その中でも水素吸蔵合金の分野で先駆的な取り組みを続けるバイオコーク技研株式会社の上杉浩之代表取締役を取材した。

 

 

E.U.ワイゼッカー博士との出会い

上杉氏が環境問題に取り組むきっかけとなったのは、今から18年前、52歳の時にE.U.ワイゼッカー博士の「地球環境政策」という本を読んだことだった。本の中では、アメリカニューヨーク州のビッグムース湖が、流域から流れ込んだ硫黄によって死の湖に変容した過程が書かれていた。湖には、工場から排出された石炭燃焼ガスの硫黄が毎年350万トン流れ込んでいた。それでも50年間は酸性にならず生態系を保ってきたが50年経って急激に酸性化し、死の湖に変わったと言う。「同じことが、地球全体のCO2についても起きるのではないかと考えました。私の勤めていた鉄鋼産業の川崎製鉄㈱(現、JFEスチール㈱)は、大量にCO2を排出する業種です。そう考えたら居ても立ってもいられなくなりました」と上杉氏は語る。

 

「マグ水素」開発への道のり

上杉氏は川崎製鉄在籍中から環境関連の研究や提案を始めた。2002年、定年退職と同時に環境省に「グリーン水素社会の構築」を提案して研究開発の委託が決定した。その委託機関として早稲田大学の環境総合研究センターが決まり、当研究センターの客員研究員となって代替エネルギーの研究を続けた。そして、2006年3月の64歳で各界の協力を得て、現在の会社を起業した。会社を設立した後も環境省や経産省、北海道大学、九州大学、東北大学、早稲田大学、日本医科大学などとの共同研究が続いた。そんな中で確立されて来たのが、社名ともなっているバイオコーク(植物バイオマスから作るコーク=炭素担持炭化物)やバイオチャー(バイオマス炭化物)の製造技術であり、そこから水素を取り出し、マグネシウムに吸蔵させる「マグ水素(日本国特許、国際特許出願済で米、韓国で査定、その他各国で審査中)」、そこから効率的に水素を取り出す「加水分解」の技術などだった。「マグ水素」のテクノロジーは、こうした様々な技術が組み合わさってできている。

 

mgH2 マグ水素

小杉氏が開発したマグ水素の小片。右が水素吸蔵前、左が水吸蔵後。

 

安全に貯め、使える「マグ水素」の技術

水素を容積率で効率良く貯蔵する技術には3つの方法がある。圧縮、液化、吸蔵だ。現在、燃料電池車の実用化に向けて自動車メーカーなどで開発が進んでいるのは圧縮で、700気圧(70MPa)の超高圧にした水素をタンクに詰める方法だ。上杉氏は、水素をマグネシウムに吸蔵させる技術の利点をこう語る「圧縮による輸送はタンクが非常に高圧になるため、常に暴発の危険性と隣り合わせです。液化水素にするには冷やし続けるのが大変です。マグネシウムに吸蔵させる方法は、最も安全でリサイクル技術が確立すればコストも安い」。確かに、700気圧という超高圧縮は、いくら丈夫なタンクを作っても交通事故やパイプの継ぎ目などが劣化して、高圧の水素漏れが起こる可能性がある。液化に関しては、水素をマイナス253度まで冷やさなければならず、冷却に膨大なエネルギーが必要な上、液化水素の温度が上昇した時は沸騰して大気に放出され、事故に繋がる恐れもある。最も安全性が高いのは吸蔵で、吸蔵合金からの水素放出は低圧で比較的穏やかなため、水素漏れ等による事故の発生も抑性される。従来は吸蔵させる金属の重さがネックだったが、上杉氏らが開発した技術がそれをクリアした。

 

マグネシウムには、重量で7.6%の水素を吸蔵させることができる。上杉氏が開発した「マグ水素」の小片26gの中には、2g、約20リッターの水素が入っている。また、この水素を利用する際には、水を加えて加水分解を行い、水の中の水素も併せて使うため約40リッターの水素を使うことができる。これは燃料電池に換算して約80ワットアワー(10Wの電球を8時間つけられる)に相当する。

 

 

例えば、燃料電池自動車を100km走らせるのに必要な1㎏の水素を発生させるには、マグ水素6.5kgと水を搭載することになる。500キロ走るには32.5kgのマグ水素と水を積めば良い。課題は、反応させる水の量が今のところ、重量率でマグ水素1に対して水6程度が必要で、自動車に積むにはこの量を3以下にする必要があること(理論的には1.38である。)と、マグ水素を連続的に投入する技術だが、これらの開発には少なくともあと数年の開発期間が必要だと言う。最大の課題はやはり生産コストだろう。上杉氏によれば、年間数万トン生産ユニットを生産するレベルになれば、環境コストを考慮して経済性は評価されるだろうということだった。

 

「マグ水素」で可能になるエネルギーの地産地消

上杉氏が考えている構想は、①木質系、草本質系、海藻などの有機質を熱分解して「チャー」(炭化燃料)と「パイロガス」(※)にし、②そこからさらに水素を分離して、その水素をマグネシウムに吸蔵させ「マグ水素」MgH2にする。③この「マグ水素」は危険物ではないため、安全に利用する場所へ輸送し水素源として使用する。④水素を使い終わって残った水酸化マグネシウムMg(OH)2は、直流水素プラズマ炉で再びマグ水素に還元(この技術は今後、実証して行く計画である)して再利用できる他、そのまま工業用原料や食品添加物、医薬品、肥料、半導体機器の封止剤などに使ったり、CO2の固定に使うこともできる。

 

ここで考えられているのは、水素(エネルギー源)とマグネシウム(媒体)を軸にして、エネルギー循環を行うシステムだ。こうすることで、植物バイオ(山の幸)とマグネシウム(海の幸)と自然エネルギーだけでエネルギーの地産地消を行うことができる。上杉氏は、この他にも「バイオリキッド」という木材からA重油並の炭化水素燃料をつくる技術開発(特許出願済み。)も行った。「木質バイオマスを全量燃料にするパイロコーキング」技術で平成21年度の環境大臣賞も受賞している。現在は山に捨てられている間伐材などバイオマスが、石炭に代わる「バイオコーク」、石油に代わる「バイオリキッド」、そして「マグ水素」と言った立派なエネルギー資源として活用できるようになる。つまり植物資源の多い日本の山間部が良質なエネルギーの生産拠点に変わる可能性がある。非常に夢のあるこうした技術の実用化に期待したい。

 

 

 

※パイロガス:

バイオマスを低温(500~600℃)で乾留(酸素を絶って)すると、チャー(炭)とパイロガス(乾留ガス)が得られる。このパイロガスには有害で取り扱いが困難なタールが含まれている。この有害なタールを次のプロセスであるコーカー炉で分解して、バイオコークとタールフリーガスに変換する。

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